3・7群馬さよなら原発アクションでの海渡雄一弁護士講演

2021年3月31日、3・7群馬さよなら原発アクション実行委員会が開かれて、実行委員会の仲間と感想と反省点、総括を出し合いました。誰もが、内容的にも、500人という参加者数も、とても大成功だったと語りました。そして来年2022年も3月6日(日)11年目の群馬さよなら原発アクションを行うとの確認をすることができました。

この実行委員会で、群馬の損害賠償請求裁判原告の丹治さんが、原発をなくす前橋連絡会の仲間がまとめてくれた海渡雄一弁護士の当日の講演録を配布してくださり、海渡弁護士の了解も得て、原発をなくす前橋連絡会の了解も得て、拡散に使ってよろしいとのご厚意を頂きました。10年目の3・11、この10年を総括し、これからの闘いの方向性と展望を示してくれたとても重要な講演でした。この場で、シェアさせていただきます。ぜひ、ご一読ください。

2021/3/7

(原発をなくす前橋連絡会)

《『3・7/さよなら原発アクシ∋ン』/海渡雄一弁護士の講演》

■会場となった高崎城址公園には、県内各地から500名を超える参加者が集まりました。福島第一原発事故から10年。群馬県では『事故が起きた3月11日を忘れない」をスローガンに、原発ゼロをめざす集会とデモ行進を毎年行っています。(昨年はコロナの感染拡大のために中止となりました)

今年は、原発事故の裁判全般に幅広く関わり、刑事裁判においては告訴した本人で、被害者代理人として検察官役の指定代理人と一緒に38回すべての公判に出ていた海渡雄一弁護士のお話しを聞くことが出来ました。内容を紹介します。

■「地震調査研究推進本部」と「長期評価」について■

※「地震調査研究推進本部」は、1995年1月の阪神淡路大震災地震を契機に設立された国の地震調査・研究の要の組織で、同年6月、地震防災対策特別措置法によって制定され、国の防災対策の基本となる地震対策の地震予測の情報を提供する重要な機関で、総理府に設置されました(現在は文科省に設置)。

※「長期評価」とは、2002年7月に地震調査研究推進本部が策定したもので、日本海溝沿いにおいて過去に起こった海溝型地震を分析し、将来起こりうる地震について領域毎に整理して示したもの。「長期評価」によれば、日本海溝沿いのどこでも、巨大地震が発生し巨大津波が押し寄せる可能性があることが指摘されていました。

■「生業訴訟」と「生業判決」について■

原発事故の地元・福島県で、東電や国を相手取って裁判に立ち上がったグループは、地域を中心にいくつもありますが、「生業を返せ、地域を返せ」と提訴したグループを通称「生業訴訟」と呼び、原告は約4000人と全国最大の訴訟団として原賠裁判の中心的な役割を果たしています。その裁判の控訴審・仙台高裁判決が2020年9月30日に出されましたが、一審を上回る原告勝訴の判決で、津波の予見可能性を「長期評価」の知見に基づいて認め、国の責任についても「不誠実ともいえる東電の報告を唯々諾々と受け入れるものとなったものであり、規制当局に期待される役割を果たさなかった」として国の責任を断罪しました。

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みなさんこんにちは、弁護士の海渡です。

昨日に引き続いてお話しをさせていただきます。昨日は1時間パワーポイントを使ってじっくりお話しをさせて頂き、今日も25分もお話しをさせて頂けるという事で一応レジメを準備してありますが、風が強いので飛んでしまうかもしれませんので、後でじっくり読んで頂きたいと思います。

福島原発事故後の4つの原発関連訴訟

私が話したい事は、はじめに結論から先に言いますと、福島原発事故の責任を明らかにするということは、日本を脱原発にしていくための重要な出発点になるということで、そのためにたたかわれている裁判というのは

① 被害にあった住民の国・東電に対する損害賠償請求訴訟

② 東電役員の刑事責任を明らかにするための刑事訴訟

③ 東電役員の民事責任を明らかにする株主代表訴訟

④ 原発再稼働を止め、設置許可の取り消しなどを求める民事訴訟・行政訴訟

があります。実は、これらの裁判の争点はすごく良く似ていて証拠も同じ内容です。

私がやっている刑事裁判は、福島をはじめ全国の人たちが告発をして検察が不起訴にしましたが検察審査会が二度にわたって検察の不起訴を覆して「起訴相当」の結論を出したことによってこの裁判を開くことが出来たんです。

こうして、市民の目で見ておかしいと起訴してもなかなか証拠がなくて有罪にすることが難しいと報道されたこともありましたが、37回、判決公判を入れると38回の裁判の中で、驚くべき証拠の数々がこの刑事裁判の中で明らかにされました。

刑事裁判の中で明らかになった、驚くべき事実

その1、この事故で双葉病院の関係者の多くの方が亡くなりましたが、どういう状況で亡くなったのかその悲惨な状況が余すところなく立証されました。

※刑事裁判は、原発事故により双葉病院の患者さんが避難する際、過酷過ぎる状況に置かれて命を落とされました。その責任は事故を起こした東京電力にあり、「業務上過失致死傷罪」に当たるとして住民が刑事告訴した事件です。

みなさん、避難の経路に随分時間がかかり過ぎて亡くなったと思われているかも知れませんが、3月11日に事故が起きたのですが、最終的な避難が完了するのが16日で5日もかかっているわけで、医療スタッフは最後まで残ろうとしましたが、ここは危険だと言うことで警察の手で強制避難させられてしまいます。ですから患者だけが取り残されるという悲惨な状態が生まれていました。第3陣の避難が3月14日、第4陣が15日の朝なのですが、自衛隊の人たちの調書が残っていますが、放射能の塊が近づいて来る様に線量計が鳴り出して、避難のための活動を一時中止するんですね。そこで患者さんを取り残して撤退せざるを得ない状況が起きていた。そういう中でたくさんの方が亡くなっていったという状況が起きていたことがはっきり分かりました。

その2、東京電力の内部で津波対策が必要であることが、経営トップがみんな参加する会議で確認されていたことが分かっています。

2008年2月なのですが、役員会ではなく御前会議という、勝又社長が天皇みたいなのでそういう名前が付いたと思うのですが、休日の日に一日潰して、社長・副社長・原子力担当重役・原発の所長がみんな出る、本店の部長も出る、そして原子力設備管理部の部長が当時吉田氏、ナンバー2が山ドさんという人なんですが、副部長達が数十人揃う100人位の会議が行われていました。

その場で、政府が決めた推本(地震調査研究推進本部)の「長期評価」=福島沖でもM8を超える大きな津波地震が起きる、この評価に対応した対策を取るという方針が了承されていたんです。この事実は政府事故調の報告書にも載っていません。この年の6月に15.7mの津波が来るということに対応するための会議が行われたということは政府事故調のレポートに載っていますが、その前に政府の出した長期評価に基づいて対策を取るという方針が確立していたことがはっきり分かりました。

15.7mの津波予測を国に報告したのは3月7日で、福島県には報告せず

その年の3月の末に東電は福島県に説明に行っています。バックチェックの中間報告を出すにあたっての説明ですが、そこでも「長期評価」に基づく津波対策をやりますという説明をすることを決めたQAが残っていることも刑事裁判の証拠の中で明らかになってきました。長期評価に対応するためには15.7mの高さの津波に対応しなければならないという計算は政府事故調の報告書にも載っているんですが、原発に反対している皆さんの中で、こうしたことをどれ位の方が知っていますか。知っている人…少しだけ手が上がっていますね。

この計算は、政府事故調では念のための試算という位置づけにされているのですが、東京電力が5000万円もの予算で計算を発注している訳です。バックチェックにおいて、津波対策を取るための基準になる津波を計算で出す為にやったことなんですね。だけれども、そのことは国にも県にも知らされていなかった。この15.7mの津波の計算というのが、国に提出されたのが、実は2011年3月7日なんです。県には最後まで知らされなかったのです。この事を知っていた人…少しだけ手が上がっていますが、原発に反対している人の中でもこの状態というのは余り良くないと思います。我々の努力不足なのかも知れませんが、今日のレジメの中にも書いてありますが、もっと深く勉強したい人は私の書いた「東電刑事裁判一福島原発事故の責任を誰がとるのか」の本で勉強して欲しい。こうしたことを勉強するのは非常に大事だと思います。

群馬の控訴審判決で欠落していることは、原発の安全性のレベルについての認識

次に、群馬・千葉の避難者訴訟についての東京高裁判決、仙台高裁の「生業訴訟」の判決についてです。地裁段階で沢山判決が出ていますが、高裁レベルでは3つ判決が出ています。群馬判決同様、我々が行っている刑事裁判の判決も東電役員の責任を認めなかったのですが、判断がはっきり分かれています。一体どこで判断が分かれているかという点についてご説明します。一番大きな点は、福島で起きた悲惨な事実を認識しているかどうか、そしてこうした事故を二度と起こしてはいけない、そのために原子力の安全というものをきちっと確保しなければいけないということが書かれている判決では原告側が勝っています。だけれども、私たちが負けた東京地裁の刑事の判決(永渕健一裁判長)でも、群馬の事件についての東京高裁の判決(足立哲裁判長)でも、万が一にでも原発事故を起こしてはいけないという基本が書かれていないばかりか、一般社会の機械に求められるレベルの安全性でいいんだとも書いてあるわけです。

次に推本の「長期評価」の問題です。簡単に説明すると、福島の沖合い=岩手・仙台・千葉の沖合が全部つながっているわけですが、そこでM8を超えるような大きな津波地震が起きる可能性があるので、その津波地震に備えなさいと国の地震調査研究推進本部が「長期評価」を公表します。ここには何十人という地震学者・津波学者が集められていて、その人たちが全員一致でまとめた意見です。しかしこの意見が信用できない、これに基づく対策を取らなくてもいいんだというのが群馬訴訟の高裁判決であり、刑事裁判の東京地裁判決です。

その理屈は、「長期評価」に対して異論を言う人や別の結論の論文を書いた人がいたということをダラダラと書いているのが群馬判決や刑事判決です。とても似ている。ところが、2月19日に東京高裁で出た千葉訴訟の判決は逆転の勝訴判決でしたが、この点について、「いろんな意見があったがそれがコンセンサスとしてまとまったということは、何も議論がなくてまとまったものより価値があり信用性が高いんだ」と言っている。これは、この「長期評価」の部会長を務めて、後に原子力規制委員会の委員長代理もやった島崎邦彦さんが、刑事裁判の証言の中で力説していたことなんですが、このことが、千葉訴訟の東京高裁判決では、その通り認められているんです。

みなさんどう思いますか。国の機関で沢山の意見が出たが、最後は全員一致でまとまった。それを原子力事業者が守らなくてもいいなんておかしいと思いませんか。東電や国の代理人たちはそのような意見を延々と述べる訳ですが、その言い分を唯々諾々と認めるのか、いやその理屈はおかしいと、国の方針で予想される津波に備えなさいと言うのだから、対策をとるのは当たり前でしょうという判断をするかどうか、そこが大きく分かれている点です。

もう一つ分かれているのは、その予測される津波の対策が可能だったかどうかについてです。これは可能なんですね。津波が来た時に建物の中に水が入ってこないようにする水密化技術は完壁に完成していた。防潮堤を建てるのもいいし、建物の入り口をちゃんと水密扉にすることでもいいし、一番考慮するとすれば、水没しては困る非常用の電源のある区画を絶対に水が入らないようにしておくということは、技術者であれば誰でもできることだと言っていることです。しかし、群馬の判決では、水が入ってこないようにする技術は確立していなかったということが書かれているんです。みなさん考えてみて下さい、潜水艦ってありますよね。もの凄い深さまで潜れるんですよ。潜水艦までいかなくても造船用のドックってありますが、半分は水に沈んでいますが絶対に水は入ってきません。そんなことは簡単にできることなんです。私たちは何人もの技術者に聞きましたが、こんなのは何十年も前の技術で簡単にできると言います。「俺に頼んでくれれば1ヶ月でできるよ」という話しなんです。それが、東電や国から「できなかった、難しかった」と言われて、そう思ってしまう浅はかな誤った裁判官がいるんですね。

「生業訴訟」は非常にいい判決なんですが、注目すべきポイントは、どういう地震に備えなければならなかったかという点です。どのようなメカニズムで津波地震が起きるかということが解明されていなかったということを群馬判決などは言っていますが、「生業判決」では、「長期評価」における知見というのは規制権限の行使を義務付ける程度に至っているかどうかいう観点が重要で、「福島県沖に津波地震が起きると考えるかどうかが重要であって、地震が起きるメカニズムの詳細ではない」と言っています。つまり津波地震が起こる科学的なメカニズムまで分かる必要はないのであって、「起きるという知識があるのであれば、対策を取るのが当たり前でしょう」と分かり易く書いている判決です。

堆積物から大津波を予測。対策を要請されていた東京電力

私たちは、刑事裁判ともう一つ東電の役員の民事責任を追及する裁判を行っています。刑事裁判の被告人3人に清水さんと小森さんという当時社長と副社長を加えた5人に対して22兆円の損害賠償を求めている事件です。この裁判では2月22日から証人調べが始まりました。2月26日の裁判では専門家が3人出てきました。我々が申請した専門家が3人証言したのですが、その内ふたりは東芝の技術者で原発の設計をしていた人です。

「津波が来ると分かっていたら対策出来たか」ということについて「絶対に簡単にできた」と言い、ひとりの技術者の方は原子力技術者の前に船を作っていたそうなんですが、「防水技術なんて完壁に100年も前に確立していますよ」ということを言われました。

もうひとりの方は産業技術総合研究所の岡村行信さんという方が証言されたのですが、新聞記事にもなりましたが、彼は仙台とか岩手とか福島辺りで896年に起きた貞観(じようがん)津波というものの堆積物が見つかるかどうか土壌を掘って調べていて、福島原発の直ぐ近くの浪江の請戸浜の辺りでも津波堆積物が見つかり、原発から数キロのところまで津波が来ていたことが分かって、次の大津波の時には原発にも津波が押し寄せるかも知れないという状況でした。この問題は、推本の「長期評価」とは違う視点ですが、これと重なる問題で、岡村さんは、原子力安全保安院という国の機関で、バックチェックの審査委員も務めていたのですが、この貞観津波に対して「国が対策をしなくて大丈夫なのか」ということを言った。その後訪ねてきた東京電力の職員は「津波が来たかどうか、今、更に穴を掘って調べています」と、対策を遅らせるために研究を進めているということを説明するわけです。それに対して岡村さんは何と言ったかというと「『もう調査をするのは無駄なので、直ぐに対策工事をやって下さい』と私は言いました」と証言しました。これは今まで全く出ていなかった事実です。今まで「そういうことは言われていない」と東京電力は国に報告を上げていたのですが、その報告が嘘だということが明らかになりました。

国の審査に関わっていた専門家からも「直ぐに工事をやらなけれぼいけない」と言われていたにもかかわらず、国も対策を命じなったし、東京電力はその事実も隠して、何もしなかった結果がこの事故だということです。

確かに、3月7日に15.7mの津波が来るということを東電から聞いた国の審査担当は「えっ、こんなことは今まで聞いたことがない、対策が遅すぎる」と言って「これから何年か掛けて対策をやっていくつもりです」と言われ「それでは遅過ぎる。指導するかもしれない」というくらいのことを国は言っているんです。東京電力と国との間でこうしたやり取りが行われていたこともほとんど知られていないですね。

この事故がM9という、ほとんどの人が想像もできなかった大地震による大津波によって起こったことは事実ですが、東電の技術者たちは15.7mの津波が福島に来るということをちゃんと事前に予見していて、現実に来た津波は15mでした。ピッタリ当たっていたわけです。しかし、予見していたことに対して対策を取らなかった、これは人災なんだということをはっきりさせることによって、原子力技術者、原子力事業者には原発を運転する高い能力もないし、国にはきちっと管理できるだけの力がないんだということが、はっきりとわかるわけです。だから脱原発をするしかないんだということになるんです。

これから、脱原発の道を切りひらく天王山は群馬訴訟の最高裁

今後の展開で需要なことは、今までお話しをした3つの種類の裁判=損害賠償の裁判、刑事責任と民事責任の裁判=が同時進行していますけれど、最も重要なのは鈴木先生や原告の丹治さんたちがやっている損害賠償請求裁判で、仙台高裁と東京高裁判決の2つの判決が出て、全部が最高裁に上がりました。群馬は逆転で負けたわけです。高裁判決を最高裁で覆すのは難しいとみなさん思われているのではないでしょうか。しかし、この事件では覆せる可能性が高いのです。

なぜか、それは全く同じ争点について高等裁判所でふたつ勝っているわけです。3つの事件は同じ最高裁の5人の裁判官によって裁かれることになると思われます。このことは、何を意味しているかというと、「生業」と千葉の方を活かすとなれば自動的に群馬の事件は逆転勝訴になるわけです。2対1で勝っているので、「生業」と千葉の判決に合わせて群馬の判決を直せば3つまとまって勝つことになります。こちらが負ける時には、「生業」と千葉の事件が取り消されて負けることになるんです。

実は今日私がここに来てお話ししたい核心は、日本の脱原発が実現できるかどうかのたたかいの天王山は群馬訴訟の最高裁の上告審にかかっているということなのです。みなさんに頑張ってもらうしかないんです。勿論、原告団と弁護団にも頑張ってもらいますが、集会に参加されたみなさんに、群馬で勝つということがいかに重要なことかを理解して頂きたい。千葉・「生業」の原告・弁護団も群馬とともに一丸となって奮闘していると思います。勿論、我々刑事裁判も沢山の資料を提供して参りましたが、先ほど報告した株主代表訴訟における岡村さんや東芝の技術者の証言など、これから最高裁で使えるような資料も提供して行きます。

今まで以上に、東電役員の個人責任を問うている刑事裁判と国・東電の損害賠償を求めている裁判の原告団・弁護団・支援の方、みなさんが手を携えて、とにかく群馬の事件の上告審に勝って欲しいということを言うためにやって参りました。その事がこれからの日本全体が脱原発に向かって大きく一歩を踏み出す決定的なポイントになるのではないかと思います。

原発事故を災害として伝承する「伝承館」でいいのか

最後にもう一一つ話したいことがあります。双葉町に「伝承館」という施設が出来た問題です。双葉町の沿岸の近い所に「福島原子力災害伝承館」という建物が立てられました。見に行った方いますか。少しいらっしゃいますが、凄く線量が高い所なので余り行きなさいと勧めづらいですが、私も行ってきました。

常磐線の双葉駅からシャトルバスが出ていて、そこだけは道路が通れますが、その道路の脇は廃城と化していて廃城の中に近代的なビルが建っていて、それが「伝承館」です。

その「伝承館」に行ってみて驚いたのは、先ほど話したような内容は一切書いてないのです。要するに「津波が起きた、原子力災害が起きた、みんな苦労して大変だった」これで終わりですよ。「福島原子力災害」という呼称自体がおかしく「原発事故」です。原因があって結果があるわけで、その原因を作った人たちの責任を問わなければいけないところですが、ここで案内をしている「語り部」という人たちは東電や国の悪口を言ってはいけないことになっています。「伝承館」は、福島県が作ったものですが、こういう形で福島原発事故のことを語り継いではいけないと思います。福島原発事故のようなことを二度と起こさせないために、事故の正確な経過が分かり、その教訓を国民全体が共有できるような施設が必要なのです。そうした施設を国や福島県に作らせることが重要ですが、それが出来ないとしたら、民間がもう一つの「伝承館」、真の「伝承館」を作り、刑事裁判の過程で手にした証拠などを展示して、東電はこんなことまで議論していて対策を取らなかった結果起きた事故で、紛れもない人災なんだということをはっきり日本の歴史に残していくことが脱原発の未来を作るきっかけになるのではないでしょうか。

短い時間でしたがお話しを聞いて頂きありがとうございました。みなさん一緒にがんばりましょう!

「非核の火」の点火、「原発悔恨・伝言の碑」の除幕、「伝言館」の開館

3月11日、福島・楢葉町にある宝鏡寺において「非核の火」点火式と「伝言の碑」除幕式が行われました。「非核の火」は、原爆投下で焼かれた家の火を持ち帰り「広島・長崎の火」として上野東照宮に保管され、「核兵器のない世界」をめざす運動のシンボルとして灯されてきました。そしてこの度、「ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマを結ぶ『非核の火』」として、宝鏡寺の境内に引き継がれました。

「伝言の碑」は、原発建設反対運動の時から中心になって活動していた宝鏡寺住職・早川篤雄氏と安斉科学平和事務所長・安斉育郎氏の両氏によって設置。東電・国の原発をめぐる「傲岸」ぶりと、それを許した住民運動の「力及ばず」の「悔恨」の思いを「伝言の碑」に刻み、「不受理に立ち向かう勇気を!」と呼びかけています。また、同じ敷地に「伝言館」が建設され開館。原爆被害と原発被害を結ぶ展示物が並び、人類が核の被害を繰り返さないためのメッセージの発信の場にして行きます。

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