高崎金曜日行動は490回目、現状だよりは600号!

 ブログの更新が止まってましたが、高崎金曜日行動は休みなく、2021年12月17日で490回目でした。「原発事故・現状だより」の方は先週12月10日号で600号でした。

 今日は冷たい強風で大変だと思っていたら、途中で雨が降り出した。少し時間を早めて終了した。片づけたらたどり着いた人が二人いた。今日は道が混んでいたから。

 欠かさずにタカキンに参加してくれていたMさんが病気で入院してしまい、みなで心配している。早く良くなってほしい。

 その穴を埋めるかのように、サーカス学校のけんたさんが突然現れた。うれしいですね。こういう再会は。サーカスもコロナでとても苦しかったと話してくれた。

 最近、訃報や病気の話が多く気が滅入る。しかし、11年目の3・11に向け群馬の実行委員会も10月から動き出した。

 コロナ。そして気候変動。10年で、この社会の危機はバージョンアップしている。

 3・11以降10年の原発再稼働と原発に反対する闘いや福島の闘いが何だったのか、今一度検証と総括が必要だろう。まだまだ継続し、発展させていかなければならない。

 12月11日には、茨城県の東海第二原発の運転に反対する一斉行動に高崎・群馬からも参加した。原発避難者の群馬訴訟原告団長・丹治さんのアピールはやはり力がある。

高崎金曜日行動と群馬合同労組街頭宣伝と現状だより

高崎金曜日行動は477回目

その前に群馬合同労組は街頭宣伝行動。訴えはちゃんと届いている手ごたえあり。

原発とめよう群馬 原発事故・現状だより 9/17号

東京高裁不当判決への怒りのなか関東大震災朝鮮人犠牲者98周年慰霊祭

弁護団長の角田義一さん(左。元参議院副議長)。「84歳だが、死ぬまで闘う」

 8月26日、東京高裁は、群馬県の県立公園にある朝鮮人労働者の追悼碑の設置期間更新を認めない処分をした県に対し、市民団体・『記憶 反省 そして友好』の追悼碑を守る会」が認めるよう求めた訴訟の控訴審判決で、県の処分を違法とした一審・前橋地裁判決(2018年2月)を取り消し、市民団体の請求を棄却しました。

 侵略に対する反省をないがしろにし、戦争犯罪の証拠隠滅から始まった戦後の歴史を居直る歴史修正主義が、安倍・菅政権の人事独裁によって、司法をも変質させています。これに対して激しい怒りと危機感が渦巻いています。

 そうした中で、2021年9月11日、群馬県藤岡市にある成道寺において、関東大震災朝鮮人犠牲者慰霊祭が開かれました。2年後には100周年を迎えます。風化させることなく、最高裁での勝利へ向け、ヘイトと差別を根絶するために、力を結集しましょう。

関東大震災朝鮮人虐殺事件の背景と98周年慰霊祭の意義

1923年(大正12年)9月1日午前11時58分に関東大震災が発生してから97年が経ちました。震災は神奈川県中部から相模湾東部、房総半島南端にかけての一帯を震源地とするマグニチュード7.9の大地震で激震と大火災の発生により、東京、横浜を中心に死者99,331人、行方不明43,476人、家屋全壊128,266戸、半壊126,233戸、焼失447,128戸、流失868戸と、その他計り知れない被害をもたらしました。

こうした大災害のさなかに何の罪もない朝鮮人、社会主義者の大虐殺が行われました、軍部や当局から流されたと推測される「流言飛語」に挑発された日本人によって朝鮮人6,000余の尊い命が奪われる大虐殺事件が起こされ、当藤岡の地区においても震災直後の9月5日・6日、藤岡警察署に保護されていた朝鮮人17人が虐殺されました。

その後この犠牲者は藤岡町長の依頼により成道寺に埋葬されました。

この寺の墓地には朝鮮人犠牲者の慰霊碑が建てられています。そして先代の住職さん自筆による過去帳に当時の藤岡の「流言飛語」の状況が次のように記してあります。

「9月5日」

「流言に官民やや狼狽の色ありて、各県皆在郷軍人会、青年団、消防団を持って自警団を組織し、各自獲物をもって昼夜警戒す。ただし、警察、役場より通知を発し組織せしむ。なお、警察は自警団に対し朝鮮人を発見次第警察に同行して来たれと命ず、ときに人心激昂の極みに達し、朝鮮人と見れば皆敵国人を見るがごとく、殺気充満す。

たまたま、新町鹿島組配下岩田金次郎方に雇いし者12名、他より5名、当藤岡署に保護す。民衆9月4日武州本庄町神保原にて百数十人撲殺の実況を視察し、藤岡もかの例にならい、国賊朝鮮人を撲殺すべしとなし、警察に談判すること数日、ついに夜8時半ごろより10時、民衆数千人警察門前に集まり、留置所を破壊し、16人引き出し、門前にて撲殺し警察に並べて死の山となす。

なお、6日の夜、民衆非常に激昂し、残りの1人の朝鮮人を留置所よりだし、殺し、警察を破壊し、8時より11時までまったく無警察状況となり、,乱暴すること非常なり,、当夜警鐘を乱打す。18日町役場より命を受け、岡住豊吉(朝鮮人の日本名)ら17名の朝鮮人の死体を集め大葬す。即ち、遺骨は成道寺墓地に埋める。」

以上が過去帳記載の一部です。また、高崎市倉賀野町の九品寺墓地にお1人が埋葬されていることも判明しています。

この藤岡事件の捜査は事件後直ちに開始され、群馬県警察本部は被疑者37人を殺人罪及び騒擾罪(現在の騒乱罪)で検挙しました。前橋地裁の判決が出されたが比較的刑の重かった25人は東京控訴院へ控訴し、東京控訴院判決も不服として9人が大審院に上告しました。大審院の判決は、最高刑で懲役3年が2被告、懲役2年執行猶予4年が6被告、懲役6月執行猶予4年が1被告というもので、一般的には極めて軽い刑でありました。住民37人の検挙と裁判をもって、この虐殺事件のすべてが葬られてしまったのです。

事件の翌年、1924年6月に藤岡町有志によって、成道寺の墓地内に慰霊碑が建立され、盛大な法要が行われました。その後毎年、藤岡町主催で慰霊式が行われてきましたが、戦後に中断され、1957年に破損された慰霊碑が再建され、慰霊式も復活しましたが、これも途中で中断されてしまいました。そして70周年を迎えた1993年に日朝友好連帯群馬県民会議主催による慰霊祭が復活し、以降、毎年慰霊祭が行われてきました。

そして2017年8月5日に地元の藤岡市民によって「藤岡事件を語り継ぐ市民の会」が結成され、2017年9月の94周年慰霊祭から「共催」による慰霊祭となりました。

藤岡事件から98年を経た今日まで、この朝鮮人虐殺の国による公式な調査は行われていません。現在、関東大震災朝鮮人虐殺の国家責任を問う会などの民主団体が日本政府に対して「関東大震災朝鮮人虐殺の真相究明」を求める運動をすすめています。

そして、犠牲となられた朝鮮人に対する慰霊の祈りをささげるとともに、日本人によるこのような過ちを再び繰り返さないためにも多くの関係地域で「慰霊祭」が毎年営なまれています。

改めて、この事件は、1910年の朝鮮併合によって朝鮮を植民地化した日本は、1923年に発生した関東大震災という未曽有の災害に遇して、差別と圧殺による植民地統治に抗議する朝鮮人蜂起に恐怖と憎悪を抱いた日本政府・軍部による住民を巻き込んでの官民一体となった犯罪であったと断じざるを得ません。

近年に入っても、朝鮮民主主義人民共和国に対する、拉致・核実験・ミサイル等を理由にする制裁と敵国視、韓国政府に対する、慰安婦・徴用工判決問題などによる総パッシングとヘイトスピーチの放任、高校授業料無償化除外、幼保教育・保育無償化からの除外など、依然として朝鮮人差別・敵視政策が続けられています。

このような国の姿勢、政策を断固として変えていかなければなりません。

一方、朝鮮半島では、2018年以降大きくすすめられた平和にむけた動きがここにきて停滞していますが、停滞を乗り越えた新たな動きが作りだされ、一日も早く平和が達成されることが望まれます。

このような情勢のもと、98周年の慰霊祭をここに開催し、犠牲になられた皆さまに心よりご慰霊申し上げ、日朝・日韓の友好と親善を一層進めてまいります。

2021年9月11日

日朝友好連帯群馬県民会議

藤岡事件を語り継ぐ市民の会

朝鮮人強制連行被害者、遺家族協会 からのメッセージ(「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼の集い」宛)

今から98年前、夥しい数の朝鮮人が犠牲となった関東大震災朝鮮人虐殺の惨状を顧みて、すべての犠牲者に深い哀悼の意を表します。

日帝の植民地統治によって住み慣れた故郷を離れ、玄界灘を渡った多くの朝鮮人が無残に虐殺されてから、ほぼ一世紀の歳月が流れました。

災難によって生じた社会政治的混乱の責任をどうにか免れるため、朝鮮人が「放火」し「井戸に毒をまいた」といった流言飛語を捏造し、「朝鮮人撲滅」という一大惨殺劇を繰り広げ、想像を絶する数の罪なき命を奪った日帝に対する怨恨と憤怒は、今もなお我が人民の記憶から消えることはありません。

両親の目の前で幼子たちの首をはね、女性たちを裸にして八っ裂きにし、老若男女数百名を船に詰め込み火を放って水葬させるなど、朝鮮人に加えられた残忍極まりない悪行は、日本人でさえ身震いがする野蛮な行為であり、あまりにも無念で腹立たしい犠牲でした。

しかし何よりも耐え難いことは、日本が敗戦し朝鮮が解放を迎え76年が過ぎても、虐殺犠牲者たちの無念と怨恨がいまだ晴らされていないことです。

日本当局が過去清算を回避することによって、関東大震災の犠牲者のみならず、「浮島丸」爆沈事件と松代大本営虐殺事件、東京大空襲と原爆被害など日本の朝鮮侵略史に刻まれた数多くの虐殺事件と惨劇の犠牲者たち、日本の植民地支配によって傷つけられた我が民族の怨恨はいまだに癒されていません。

さらには、過去に加えられた政治的弾圧と迫害、民族的差別がその家族や子孫である在日朝鮮人にも引き続き加えられており、これは犠牲者を再度殺す非道徳的な反人倫的行為と言わざるをえません。

目も閉じることができず非命に死んでいった犠牲者たちの怨恨は、日本当局が我が国と我が民族に犯した過去の罪を誠実な姿勢と立場で良心的に清算し、不当な反共和国、反総聯政策を放棄し在日朝鮮人に正しく向き合うときに、はじめて晴らされるのです。

私たちは、朝鮮民族が強いられたすべての悲しみと苦しみ、苦痛と被害の歴史を絶対に忘れないであろうし、犠牲者たちの恨を晴らすため自らの責任を果たしていくことでしょう。

また、人倫を尊び平和を愛する良心的な日本の方々が、関東大震災朝鮮人犠牲者の不幸と苦痛を重く受け止め、哀悼の意を示してくださることに対して敬意を表します。

祖国の人民と在日同胞が送る追慕の気持ちと日本人民の慰めによって、犠牲者たちが安らかに眠ることを祈念いたします。

朝鮮人強制連行被害者、遺家族協会

2021年9月1日

東京高裁・高橋譲裁判長の不当判決弾劾!群馬の森朝鮮人追悼碑裁判

 昨日8月26日、東京高裁は、群馬県の県立公園にある朝鮮人労働者の追悼碑の設置期間更新を認めない処分をした県に対し、市民団体・『記憶 反省 そして友好』の追悼碑を守る会」が認めるよう求めた訴訟の控訴審判決で、県の処分を違法とした一審・前橋地裁判決(2018年2月)を取り消し、市民団体の請求を棄却しました。高橋譲裁判長は「県の処分には正当な理由がある」と述べました。

 控訴審判決では、県は04年に追悼碑の設置を許可する際、「宗教的・政治的行事を行わない」とする条件を設け、原告の前身団体は県との協議で追悼碑に「強制連行」と記載するのを見送ったのに、05~12年に追悼碑前で開いた3回の追悼式で団体幹部らが「強制連行」などの発言をした、という言いがかりをつけて、群馬県が14年に追悼碑の設置期間更新を認めなかった事に対して判決は、市民団体の行為を「歴史的認識に関する主義主張を訴えるための政治的行事」と判断。その上で「追悼碑は中立的な性格を失い、日韓、日朝の相互の信頼を深めるなどの効用も損なわれた」とし、更新を認めなかった県の処分を適法としたという、めちゃくちゃなものでした。

 なお、一審前橋地裁判決も追悼式は政治的行事に該当するという反動的部分もありましたが、「それだけでは追悼碑が公園にふさわしくないとは言えない」として市民団体側の請求を認めていました。

 高橋譲裁判長とは

 2011年の福島原発事故以降に千葉地裁や福島地裁、大阪高裁を歴任した裁判官です。 大阪高等裁判所時代に裁判長として2018年9月27日に判決を出したのが左の事件。
 
 大阪朝鮮高校を高校授業料無償化の対象から外したのは違法として、運営する学校法人が国に処分の取り消しなどを求めた訴訟の控訴審判決をくだしたのが、大阪高裁・高橋譲裁判長。「学校は朝鮮総連から不当な支配を受けている疑いがある」と言いがかりをつけて、国の処分を違法として無償化するよう命じた1審・大阪地裁判決を取り消し、学校側の訴えをしりぞけました。
 左は、1996年8月15日にNHKが全国放送した番組です。これが社会の常識だったから、群馬県立公園内に朝鮮人慰霊碑が建立されたのです。
 NHKスペシャルで放送された強制連行犠牲者たちの遺骨。
 下は、強制連行された人々の記録『間組百年史』から。資料の出典は群馬県知事引継書。

高崎金曜日行動は、毎週金曜日19:30~20:00、高崎駅西口ロータリーの西北角で、休むことなく続いています。写真は8/13,8/15のもの。ぜひご参加ください。

全国の金曜日行動の力で原発なくそう!祝・首相官邸前金曜行動再開!

タカキン456回目!現状便り560・561号

タカキン456回目。

入管法改悪反対!

NO HATE! 排外主義反対!

汚染水海洋放出反対!

原発再稼働やめろ!

サムチョクの火力発電所建設絶対反対!